泉佐野練習会 5月16日(水)

 今日は羽倉崎町会館での練習会でした。新年度になり、泉佐野でも新しいメンバーを迎えました。

 試合前に、札の一部を裏返して暗記の確認をしているところです。

 さて話は変わりますが、京都から熊野三山への参詣道として発達した熊野街道。自分が住んでいる街を通っているよという人も多いかと思います。この街道沿いには、熊野権現の分身とされる「熊野九十九王子」が配されていました。そこは道中の無事を祈る場であり、休憩所の役割も果たしていました。泉佐野には貝田王子、佐野王子、籾井(もみい)王子の3つがあったようです。

 籾井王子跡には石碑が建っています(民家のお庭ですが、許可を得て撮影しています)。

 藤原定家(小倉百人一首の撰者、97番「こぬ」の作者)が1201年に後鳥羽院の熊野御幸に随行した時に書き残した『後鳥羽院熊野御幸記』には、籾井王子で奉幣、里神楽のあと、舞や相撲を奉納したことが記されています。後鳥羽院は百人一首99番「人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は」の作者です。

 百人一首の歌人たちが800年前にここに立っていたのかと思うと、わくわくしませんか?

大阪なにはえ会

昭和42年2月「競技かるたの裾野を広げる」という信念のもと創立し、昨年50周年を迎えました。「大阪なにはえ会」では8歳〜80歳を超える約80名の会員が毎週集い練習を重ね、段位昇級を目指し各地で行われる全国大会に出場しています。